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御朱印ブームは現代のおかげ参り?

初めに

平成と令和の切り替え時には記念の御朱印を求めて神社仏閣に多くの参拝客が列をなしたそうです。その御朱印がさっそくネットオークションに出品されているという事実が驚きをもって伝えられました。ネット販売は以前から話題になることがありましたが、ではそもそもなぜ御朱印を集めるのでしょうか。

この御朱印ブームはどうして起きたのでしょう。観光でその地の神社仏閣を訪れるのはよくあることですが、御朱印に特化して神社仏閣を訪れるのはまた違う意味があるのでしょうか。江戸時代に爆発的に流行ったという「おかげ参り」は御朱印目的ではないけれど、私たちが神社仏閣を訪れる根底にある意識には通じるものがあるのではないかと感じ、考察してみました。

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目次                

御朱印を集めるってどういう気持ち?

御朱印のもともとの意味

「巡る」と「集める」

おかげ参り

御朱印集めとおかげ参りの共通点

 

 御朱印を集めるってどういう気持ち?

御朱印を集めている一人として、自分を振り返ってみます。

私が初めて御朱印を頂いたのは2014年6月。その少し前に夕方のテレビのニュースで御朱印の特集を見たのを覚えていて、せっかく鎌倉に来たのだから頂いてみよう、という軽い気持ちでした。

訪れた寺院で御朱印を頼むと、袈裟を来たお寺の方が墨で丁寧にご本尊や寺社の名称、日付を書いてくださり、「ようこそお参りくださいました」と渡してくださいました。その時、お守りやお札を買うのとは違いその御朱印は自分一人のための特別なもの、という感覚を抱きました。たくさんの参拝者の中の一人にすぎなかった自分とその寺院が個別のつながりを得たようで今までにない親しみを感じたのです。もちろん、煩悩のカタマリですからご利益も勘案し、ありがたさ倍増でした。そして何よりもよい記念になりました。それ以来神社仏閣に行く際は必ず御朱印を頂いています。

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御朱印のもともとの意味

すでにご存じのこととは思いますが、復習です。

御朱印とは寺院を訪れて写経をした参拝者が奉納した証として授けられたものだそうです。納経印、納経帳という呼び名もあるそうです。近世以降に社寺参詣と観光が一体化し、納経しなくても参拝すれば御朱印が頂けるようになり、明治以降は神社でも授与されるようになったとあります。

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御朱印、と聞いて最初に思い浮かべたのは「御朱印状」「御朱印船」でした。中世、サインとしての花押に代わり、朱色の印が公的文書に使われるようになり、総じて公的書状が御朱印状と呼ばれたようです。江戸時代に寺社に対して御朱印状が下付されるとその領地の領有権を確保でき、年貢諸役を免除されたとあります。寺社が授与する御朱印とは異なりますが、御朱印という言葉の持つ正式なもの、ありがたいもの、というニュアンスはそんなところからも来ているようです。

「巡る」と「集める」

御朱印集めで最初に思い浮かぶのは「お遍路さん」です。イメージでは白い装束と傘をかぶり、四国88か所の霊場を巡る厳しい修行のような印象がありましたが、今や若い人達もカジュアルに参加するひとつの旅のスタイルとしてポピュラーになっているようです。各地の霊場七福神をめぐり、目的の御朱印をすべて集めて結願し、達成感を得る旅は観光地を巡る旅とは一味違った面白さがあるのかもしれません。 

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こうした巡礼に対して、一念発起するため、あるいは癒しを求めるためにここぞと決めてパワースポットに訪れて参拝し御朱印を頂くという一点集中型も充足感を感じることができると思います。

「季節限定」「イベント限定」の御朱印ももちろん魅力的です。元号切り替え時に記念の御朱印を求めて大行列がおきるのもわかる気がします。朝早くに参拝し、長い行列に耐え、それを修行と思えばやっと手に入った御朱印のありがたみは大きいと思います。

お陰参り

こうした御朱印は集客にも一役買っていることは明らかです。参拝客や信者、檀家を集め、布施や寄進を受けるのは神社仏閣の生命線です。そして信者を集める大規模な組織を持っていたのが伊勢神宮です。

お伊勢様の「神宮の歴史・文化」を見ると、皇祖神天照大御神をお祀りし平安時代新嘗祭にはすでに数多くの参向者がいたとにあります。伊勢信仰が全国に広がまったのは御師(おんし)と呼ばれる人々の存在です。全国に担当の地区を設け、檀家をもって願い事を神様に取り次ぐ役割を持ち、神札を領付、檀家のお伊勢参りの際は案内役もしたそうです。御師は営業であり旅行エージェントでもあったのです。

このお伊勢参りが爆発的に流行したのがおかげ参りです。伊勢の遷宮に合わせて60年ごとにおきる大規模な伊勢詣で。全国から数百万人の参拝客が集まったそうです。当時の農民や奉公人は勝手に旅など許されるわけもないのですが、お陰参りでは着の身着のままでお参りの集団に参加する人々も多く、周辺の富豪たちは金品の寄付を行ったといいます。現代のお遍路さんをサポートする風習にも通じます。お伊勢講といわれる伊勢参りのための積み立て制度などもあったようです。

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御朱印集めとおかげ参りの共通点

集団で行動したおかげ参りの原動力は閉塞感から抜け出すことにあったのではないでしょうか。土地に縛り付けられた農民や奉公人の移動は制限され、通行手形を得ることは難しかったといわれています。地域にはインフラの一環として神社仏閣が必ず存在し、その信仰の総本山であるお伊勢様への参拝はほぼ無条件で許可されたといいます。多くの人が無断で家を出てお参りの集団に加わり(抜け参り)、資金のサポートもあって、一大イベントになったのでしょう。抑圧から脱出することは普段は許されない行為でありながら、伊勢参りだけは社会に容認され、参加者は自己肯定感を持ちながらお伊勢様への神頼みをエンターテインメントとして楽しむことができたと思われます。

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一方、個人個人がそれぞれに目的をもって御朱印集めをするのが現代です。しかし、根底はおかげ参りの時代と変わっていないのではないでしょうか。ひきこもりの問題も深刻ですが、現代人は社会への漠然とした不安から逃れるように個の内側に向かうツールがたくさんあり、それが閉塞感をもたらしているように思います。現代の情報量はおかげ参りの時代とは比べものにならないほど多いにもかかわらず、多種多様な選択肢の中で御朱印集めを志向する人のなんと多いことか。ままならぬ現状の打破と神頼み。これをエンターテインメントとして楽しもうというのが御朱印集めではないでしょうか。

1868年のええじゃないか騒動以降、目立って参拝ブームは起きませんでしたが、御師ならぬメディアの援護もあって御朱印集めは周知されじわじわと浸透し続け、一つのカルチャーとして定着したように思います。お守りやお札と違って一枚一枚書かれる特別な個人のための御朱印。個の時代におけるおかげ参りの形ではないかと思います。

 

「全国御朱印図鑑」八木透監修

日本歴史大辞典

伊勢神宮ホームページ

おかげ横丁ホームページ

を参考にしました。

 

令和元年6月4日